2012年5月10日木曜日

幸福の科学信者の俺がお前らの素朴な疑問に答えてやるよ : 妹はVIPPER


1: 忍法帖【Lv=28,xxxPT】 :2011/04/21(木) 01:16:56.70 ID:Pz3vVdq5O

ちなみに映画だと太陽の法 は普通に面白いよ、10回以上見ちゃった☆
4:哲学者フェンダー ◆Ana/D83C1M :2011/04/21(木) 01:20:12.03 ID:Ti0veFBeO

好きな声優は誰ですか
12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:21:41.46 ID:Pz3vVdq5O

>>4
子安武人と銀河万丈の二枚看板は揺るがないと思われる
5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:20:45.32 ID:f1HEfy6L0

どういう経緯で入信した
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:24:43.58 ID:Pz3vVdq5O

>>5
二世
管理人:洗脳注意
7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:20:54.54 ID:WoZaYxu80

大川隆法のザーメン飲めますか?
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:24:43.58 ID:Pz3vVdq5O

>>7
お体に触れられるだけでもありがたい
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:21:02.24 ID:+o8X40Tg0

やっぱ創価はライバル視してんの?
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:24:43.58 ID:Pz3vVdq5O

>>8
基本スタンスとしてはよその教祖はペテン師だけど生長の家みたいに友好関係のとこある
9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:21:16.29 ID:/TZf5YyQ0

なんでアニメあんなに金かけてんの?
27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:30:06.18 ID:Pz3vVdq5O

>>9
布教活動の一環で、いきなり施設に連れて行くより映画の方が誘いやすいから
14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:22:06.13 ID:1fXayaOAi

どんな活動してるの?
27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:30:06.18 ID:Pz3vVdq5O

>>14
お茶のんで説法聞いてたまに観光地にある巨大施設に行く
16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:25:08.65 ID:7Bg6B4RX0

入信すれば仕事紹介してもらえますか?
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:33:59.71 ID:Pz3vVdq5O

>>16
ない、主婦が多いし
17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/04/21(木) 01:26:04.54 ID:DlbO0W1J0

金がもらえないと信者になる意味はないな

時は金なり

これ俺の思想

2012年5月8日火曜日

安息日の主


安息日の主

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1.安息日って?
1-1.一般の考え方
1-2.旧約聖書の教えでは?
1-3.パリサイ人の教えでは?
1-4.新約聖書の教えでは?
2.「なぜ安息日なのに、してはならないことをするのですか」
3.「ダビデとその連れの者たちが...」
4.「人の子は安息日にも主です」?

5.「イエスは...心のかたくななのを嘆きながら...」
6.神の安息に入るには...


僕たちは今、Epping に住んでいますが、そこに引っ越す前は Epping から南へ25キロほどのところにある Riverwood というところに住んでいました。

僕の勤め先は Epping のほぼとなりのサバーブの Marsfield というところです。

今では天気が良くて、体の調子も良くて、時間があって、さらに気が向いたときには:)歩いて通勤していますが、Riverwood に住んでいた時には25キロを車で片道40分から交通渋滞のひどいときには1時間半ほどかけて通っていました。

もっとも車の中で聖書を聴いたり──聖書を朗読したテープやCDが売っていますね──メッセージのテープを聴いたりすることができて、聖書を学ぶちょうど良い機会となっていました。

さて、あるとき Lane Cove Road を南へと車で向かっている時、左手に教会堂らしい建物があることに気がつきました。

教会堂らしいといっても古めかしいタイプの建物ではなくてモダンな、しかしそれでもなんだか教会堂らしいというような建物でした。

そして教会堂の外には道路からよく見えるように看板がおいてあって、よくアングリカンの教会堂でも見かけるのですが、目を引きやすい短いキャッチフレーズが掲げてあります。

例えば

「一度しか生まれないものは2度死ぬ、2度生まれたものは一度しか死なない。」

というような感じですね。

そこの教会では、こういうフレーズを掲げていました。

「イエスは土曜日に教会に行きました。だから私たちも土曜日に教会に行きます。」

僕は運転中にそのフレーズを読んだのですが、前の車が近づいているのに、思わずブレーキを踏み損ないそうになってしまいました。

まあ、事故にはならなかったのですが、後で調べたところ、そこはいわゆるセブンスデー・アドベンチストに属する教会だったようです。

僕はこのグループについては全然知らなかったのですが、セブンスデー・アドベンチストの日本語のウェブサイトで、彼らの信条を見てみました。

そこには「セブンスデー・アドベンチスト教団は『聖書主義に立つキリスト教・プロテスタントの教会』です」とありました。

私たちも聖書を基礎とする、キリストの教えに習う者たちですね。

なるほど、それなら私たちと同じ理解をしそうですが、セブンスデー・アドベンチストによると「教会は、聖書の教えに従い、週の第七日を安息日として遵守する」とありました。

週の第七日とはすなわち、土曜日のことです。

例えばもし世界中からランダムに旧約聖書と新約聖書を合わせた聖書は人のメッセージではなく、神が人に与えた神のメッセージだと信じます、という人を10人集めたとしたら、どうなるでしょうか。

おそらく十人が十人ともいろいろな細かなことについて、もしかしたら大きなことについても、他の人とは少しずつ違う解釈の仕方をしていると思います。

ですが、 それはなにも不思議なことではないと思います。

文化の違いによって、経験の違いによって、感じ方の違いによって、知識の違いによって、私たちは同じ言葉を与えられても、受け取り方、解釈の仕方が違ってしまうからです。

問題は、それでは違う解釈をしたときに、どうするか、ということです。

ある人たちは、聖霊が働いて違う人たちに違う解釈を与えたのだから、人それぞれが同じ言葉を受け取って、感じるように理解すればよい、と考えます。

しかし、聖書自体が、第一コリント人への手紙1章10節ですが、聖書を信じる人たちが一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に保つようにと教えています。

聖書は自分の好きなように解釈すればよい、ということは決してありません。

ペテロはパウロの書いた手紙について次のように言いました。

また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。それは、私たちの愛する兄弟パウロも、その与えられた知恵に従って、あなたがたに書き送ったとおりです。その中で、ほかのすべての手紙でもそうなのですが、このことについて語っています。─このこと、とは「主の忍耐は救いである」ということです─その手紙の中には理解しにくいところもあります。無知な、心の定まらない人たちは、聖書の他の個所のばあいもそうするのですが、それらの手紙を曲解し、自分自身に滅びを招いています。

第二ペテロの手紙3章15節と16節(新改訳聖書)

「主の忍耐は救いである」とは、神が未だ審判の日をもたらしていないのは、まだ救われていない人たちを救うためです、ということです。

この箇所で ペテロはパウロが神から知恵を与えられて手紙を書いた事を認めています。

「その手紙の中には理解しにくいところもあります」と言われています。もし、 聖書の言葉が理解しにくい、と思ったら安心してください。どうやら 使徒ペテロでさえ、パウロの手紙──すなわち聖書の一部──には理解しにくいところがあることを言っています。

「 無知な」とは新共同訳聖書では「無学な」と訳されています。

すなわち、神の言葉を学ぼうとしない人たちのことです。

そのような人たちは、自分で学ぼうとせずに、ある一人の先生と呼ばれるような人が言ったことに同意したかと思えば、すぐに別の先生と呼ばれるような人が言った違うことに同意したりして、心が定まっていません。

結果、聖書の箇所を読んで、自分の好きなように解釈し、本当の神の教えを知ろうとせずに、自分自身に滅びを招いています。

聖書を読んで、神が本当にこの箇所でなにを言っているのか、自分の好きなように、ではなく、著者の意図していることはなんであるのかを理解しようと努めることは、聖書を神の言葉であると信じるすべての人たちに必要なことであると、僕は思います。

1.安息日って?

1−1.一般の考え方

さて、週の初めの日は実は何曜日なのでしょうか?

一週間は実は日曜日から始まります。

週の第七日の安息日とは土曜日のことです。

正確には私たちが金曜日と呼んでいる日の日没から土曜日の日没までです。

なぜなら旧約聖書、そしてユダヤの人たちの一日は日没から始まり日没に終わるからです。

ところが多くの人は普通、安息日は日曜日のことだと考えています。

それは初期のクリスチャンたちが土曜日ではなくイエスの復活した日曜日に定期的に集まるようになったからです。

使徒のはたらき20章7節には弟子たちが週の初めの日、すなわち日曜日にパンを裂くために、すなわち私たちのいう聖餐式のために集まった、とあります。

安息日とは普通、一週間に一日、仕事をしないで休むことを意味しますが、その教えは考えてみれば素晴らしい教えです。

もちろん、偽ってはならない、殺してはならない、盗んではならない、というような教えも良い教えで、そのような教えを守ることは結局、自分の最善となることですが、安息日を守って、その日は仕事を止めて体を休めなさい、という教えはまさに直接、自分が安らいで憩うための教えに他なりません。

僕の父は─そしておそらく今でもそうだと思うのですが─大変な勤勉家でした。

毎朝、5時半に僕と弟は起こされて父と聖書の学びをしました。

朝食を終えて6時半にはもう家を出て、1時間半かけて仕事場へ向かいます。

夜帰ってくるのは10時頃だったと思います。

僕たちが小中学生の時には土曜日は家にいて文書の翻訳などの仕事をして、午後には2時間くらい卓球を一緒にしてくれるのが楽しみでしたが、僕たちが高校生のころは土曜日も職場にいたようです。

日曜日の朝はもちろん教会に行きますが、日曜の午後そのまま職場に行くことも少なくありませんでした。

もちろん、それだけ働いてくれた父がいたおかげで、食べる物も着る物も住むところも教育のための費用ももなんの心配もせずに十分に与えられて育ったわけですが、やはり一言、言わせていただけるなら、一週間に一日くらい全く仕事をせずに夫婦で、家族で、休める日があったらよかったのではと、今では思うのです。

2012年5月6日日曜日

長老派教会 - Wikipedia


長老派教会(ちょうろうはきょうかい、英語:Presbyterianism, Presbyterian Church)は、キリスト教のプロテスタント、カルヴァン派の教派。長老教会長老派、日本以外の漢字圏では長老教とも訳される。

歴史の長いプロテスタントの一派。16世紀のスイスの宗教改革において、チューリヒのツヴィングリ派はブリンガーに引き継がれ、ジュネーヴのカルヴァン派との、チューリッヒ協定による改革派教会の合同が成立した際、教会制度はカルヴァンの長老制が採用された。カルヴァンは聖書の権威にしたがって、教会を治める「監督、長老、牧師」を区別しなかったと述べた。改革派の中心地は1520年から1560年にかけてチューリッヒからジュネーヴに移っていったと言われる[3] 。聖書によって改革され続けるという改革派の信仰は、ドイツ、フランス、オランダなどで広まったが、ジョン・ノックスによってスコットランドに伝えられ、この地で発展し、教会制度によって「長老派」(プレスビテリアン[Presbyterian])を名乗るようになる。ノックスは、『戒規の書(訓練、規律書)』で、長老制がジュネーヴからではなく、聖書から直接来たものであると明言している[4]。 1567年にスコットランドの国教となり、その後にフリー・チャーチが分離した。大陸の改革派とイギリスの長老派はそれぞれ信仰告白を整備し、準拠する信仰告白によって呼び分けられるようになる。ピューリタン(清教徒)のうちトマス・カートライトは国教会の監督制を否定し、長老制を主張した。長老派のウェストミンスター信仰告白は、1647年、スコットランド議会で採択され、1648年、英国議会でも採択された[5]。ニュージーランドにおいては主流的存在である。

ウェストミンスター基準に準拠せず、大会、中会、小会を持たなくても、「長老派」「長老教会」を標榜する例は、日本、韓国、台湾などに散見される。現時点での日本においてスコットランドにおけるがごとくの規模の長老会を持つ教会は存在しない [6]

長老派は、聖書の「使徒行伝」(使徒の働き)14章23節、20章17節、「テトスへの手紙」1章5節に由来する。新約聖書が書かれたギリシア語の πρεσβύτερος(presbyteros プレスビュテロス) は、長老と言う意味である。

教父たちの間では、長老職(司祭とローマ教で言う)と司教(主教)職は同一視されており、時代が下るまで区別されなかった。長老たちが複数いるということは、教会政治の基準であるからである。[7]

教父ヒエロニムス(347年 - 420年)は、「テトスへの手紙」4章で、以下のように述べている。「長老というのは、主教と同一である。悪魔の影響によって党派が増える以前、教会は長老会によって、治められていた。」

教父ヨハネス・クリュソストモス(349年 - 407年)の"Homilia i, in Phil. i, 1"、キュロスのテオドレトス(393年 - 457年)の"Interpret ad. Phil. iii"も同じ意見を持っていた。

[編集] 系統概略図

[編集] 各地で発展した長老教会

[編集] スコットランドの長老教会

ジョン・ノックス(1505年 - 1572年)はジュネーヴでカルヴァンに学んだ。1560年に彼の作成した長老派のスコットランド信条はスコットランド議会に採択された。スコットランド信条は当時としては特筆すべきことに、キリストが唯一の頭であると告白している[8] 。ノックスはスコットランド教会の確立のために戦い、ローマ・カトリックの女王メアリーと対決した。

2012年5月5日土曜日

ルーマニア 、 Yeshoah Tova Synagogue 付近のホテル。 今すぐホテル予約!


Howard Johnson Grand Plaza Hotel
5-7 Calea Dorobantilor, District 1, ブカレスト (Yeshoah Tova Synagogueから0.2 km) 地図を表示 レビュー全56件の総合評価: 良い, 7.8 10 最新予約:5月 3日
from
RUB 3112.26
ブカレスト中心部にあるHoward Johnson Grand Plaza Hotelは、地下鉄Piaţa Romană駅から400m、バス停のすぐ近くです。ショッピングストリートのVictoriei大通り、大使館エリアまで徒歩5分です。エアコン、無料インターネット回線、衛星テレビの備わるスイートと客室を提供しています。 エレガントな客室には、特注のフランス製Ligne... もっと見る…
Duke Hotel
33 Dacia bvd., District 1, ブカレスト (Yeshoah Tova Synagogueから0.

2012年5月3日木曜日

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2012年5月2日水曜日

イエスが教えた祈り | Juan Masiá Clavel のサイト


  天と地

 これからイエスが弟子たちに教えた祈りを中心にイエスの福音の主なところを紹介していきたいと思います。

マタイ福音書の中にイエスが語った「山上の説教」(マタイ 5, 6,7章) がありますが、それを読むと明らかなように、イエスが説いた「天の国」(「いのちの王国」、「神が望まれる世界」、「愛と平和の国」とも置き換えられます)とは日常の中に発見されます。天の国を信じるとは、この地上に天国を発見することです。物事のうわべを越えて、その奥にある何ものかを見る目を育てることです。

さらに、天の国を信じるとは、隣の人と肩を組んで、この地上で天の国を作ろうとすることでもあります。

では、天の国を発見する目は、どのようにしたら養われるのでしょうか。この地上で天の国を築き上げる力をどこから得ることが出来るのでしょうか。その秘訣はイエスが教えてくださった「天の父」です。

今ここで、「山上の説教」で示されたイエスの教えの中核を簡単に述べて見ます。それは次の三点にまとめられます。

イ)天の父がおられること、

ロ)われわれ皆が兄弟姉妹であること、すなわち人間は皆「身内の者」になっており、「よそ者」と言える者は誰一人いないこと、

ハ)この地上で天の国を発見しながら、それを一緒に作っていくこと、の三点です。

私はこの節に「天と地」という小見出しを付けました。それは読者がイエスの教えてくださった「主の祈り」を自分の言葉に置き換え、それぞれの日常生活の中で口にし、天の父へと心を向け、日々天の国を発見する目と、天の国を築いて行く力を得られるようになることを願っているからです。

主の祈り

ある日のこと、弟子たちがイエスに、「どのようにして祈ればよいのでしょうか。」と尋ねました。イエスは答えました。「長い時間をかける必要はない。オウム返しのように祈ることもしないで欲しい。ただ素直に天の父に心を向けなさい。例えば、次のように祈りなさい。『天におられる父よ、私たちの父よ、み名があがめられますように。み国が来ますように。み心が行われますように。地にも天にもそうでありますように。私たちに、今日もこの日の糧をお与えください。私たちの負い目をおゆるしください。私たちもそのように人々をゆるすことができますように。試みに負けないように私たちを助け、悪からお救いください』と。(マタイ6,9-13;ルカ11,2-4参照)。

この言葉は何世紀にもわたり、キリスト者の最も大事な祈りとして大切にされてきました。それは日本語で「主の祈り」、(以前は「主祷文」)と呼ばれています。

ここに載せた祈りの言葉は、実は、分かりやすく訳したものです。

次に、カトリック教会の感謝の集い「ミサ」の中で唱えられる「主の祈り」を以下にのせておきます。

天におられるわたしたちの父よ、

み名が聖とされますように。

み国が来ますように。

みこころが天に行われるとおり、

地にも行われますように。

わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。

わたしたちの罪をおゆるしください。

わたしたちも人をゆるします。

わたしたちを誘惑におちいらせず、

悪からお救いください。アーメン

この文にはもちろん難しい点もあり、初めて聞くと首をかしげるところもあるかもしれません。しかし、よく祈られているものなので、まずその祈りの言葉を用いて説明をしてから、私なりの言葉に置き換えたいと思います。短いこの祈りの一語一語には深い意味があります。それをゆっくり味わいながら、唱えるようにしたいものです。

教父アウグスティヌスは、「書物はすべて焼いてもよい。ただ『主の祈り』と、『信仰告白』さえあればよい」と言っています。またミサの中で、この祈りが「いのちのパン」をいただく前の重要な箇所で唱えられることにも注意しましょう。

 

天におられる父よ

「天におられる父よ」と言うときに一体そのような呼び方をされる神はどこにおられるというのでしょうか。そしてまた、父という呼び方は何を意味するのでしょうか。まず、この二点を明らかにしましょう。

「天におられる」というのは決して、ある芸術作品に見られるような、神様が空の雲の上で羽衣の天使たちに囲まれて座っていらっしゃるということではありません。それよりもむしろ、神は私の心の中にも、「あなた」の心の中にもおられる方であり、すべてのものの中にも、いやすべてのものを包みながらどこにでもおられる方である、と言ったほうが適切でしょう。

二点目は、この祈りの初めで神のことが「天の父」と呼ばれており、ここで「神」という言葉が使われていないことにも意味があります。神のほうに心を向けて祈り始めるとき、「神よ」とではなく「天の父よ」と呼びかけるのです。そう呼ぶことによって、神のことを身近な方、近づき易い方として感じることができます。(ヘブライ語ではアッバ、スペイン語などではパパと言います。)

イエスが説く神は、漠然とした抽象的な神でもなければ、神話に出てくるような神々ともまた違います。イエスが教えてくれた神は私たちが「天の父」と呼ぶことのできる方なのです。

次に、「父」という言葉が、われわれの心にどのようなイメージを思い浮かばせるかを問わなければならないでしょう。なぜかと言えば、人が神というときに浮かんでくるイメージによって、神の捉え方も神との関わり方も変わってくるからです。

「主の祈り」で言う「天の父」は「地上のお父さん」に対して「天のお父さん」である、と字義通りに説明しても十分ではありません。また、優しい母に対比される厳しい父でもありません。それは母のイメージと父のイメージの両方を含むと同時に、創造主であるという意味も含みます。母であり、父である「天の父」は私たちを生かし、導き、受け入れ、愛してくださる方という豊かな意味を持つ言葉です。「天の父」や「天の母」と呼んでもよいし、昔風の中国語や日本語で呼ばれたように、「天主」と呼んでもよいでしょう。

ここで二つの誤解を避ける必要があります。一つ目は、父を恐ろしい存在として捉えることであり、二つ目は、母を甘えるだけの象徴として捉えることです。ここで言う父とは、人間が持っている父親と母親のイメージを含むと同時に、両方をはるかに越える父としての神、母としての神、いのちの源としての神なのです。

神がすべての人の父であるということと、神に向かって「父よ」と呼びかけることが出来ることは、イエスが教えてくださったことです。この意味で私たちが神に向かって「父よ」と呼びかけるとき、私たちはイエスと共に、イエスによって、イエスのうちにあって、「父よ」と言います。言い換えれば、私たちの側におられるイエスと共に神を求め、私たちの前に道を歩まれたイエスによって神のほうに歩み続け、私たちのうちにおられるイエスと一致して、神に向かって「父よ」と祈るのです。

そして、私たちはこの祈りを、ある時には天を仰ぎながら唱え、ある時には目を閉じて唱えます。天を仰ぐときには、すべてを越える方としての神に心を向け、目を閉じるときには、自分と、万物の根底におられる方としての神に心を向けていると言えるのではないでしょうか。

以上のことから、この祈りを決して美化された甘美なものとしてとらえてはならないことがわかります。むしろ、私たちの日常生活に密着した祈りになりうるのです。日常生活の中には明るいときもあれば暗い時もあり、またこれという明るさも暗さもない単調な日々もあるのです。そこで、あかるい時に感謝し、つらいときに助けを求め、そして、起伏のない平坦な日々の、これという喜びも苦しみもないときにも、私たちは天の父によって生かされていることに気づくと、日常生活の中で湧き上がる祈り方ができるようになります。

2012年5月1日火曜日

寒河江(さがえ)キリスト教会ブログ : 「聖なる祭司として」 教会とは何かシリーズ12


   日曜日の礼拝で牧師がお話した聖書のメッセージです。

 「教会とは何か」シリーズ12
   「聖なる祭司として」   2010.9/12
   ペテロの手紙第一2章1‐9節より